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静岡地方裁判所富士支部 昭和52年(ワ)55号 判決 1979年2月06日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告大木半次郎に対し、金三〇〇万円およびこれに対する昭和五一年六月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告らは、各自、原告大木ます子に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五一年六月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故内容

訴外後藤修一は、昭和五〇年一月七日午後二時頃、沼津市今沢通称米軍今沢キヤンプ場内において後記2(一)記載の自動車を駐車中、折柄同所をパトロールカーにて警ら中の司法巡査に職務質問されて右自動車を運転逃走し、同日午後二時一三分頃沼津市原四〇番地の二地先国道一号線上を高速度で西進する途中、中央線を突破して右側を進行したところ、折柄、右道路を対面進行して来た原告大木半次郎運転、原告大木ます子助手席同乗の小型乗用自動車(登録番号静岡五五た四八四六号)の前部に自車前部を激突させ、よつて原告大木半次郎に対し頭部外傷および顔面・頭部・胸部・両下肢の打挫創等の原告大木ます子に対し顔面・頭部挫創、右肩胛骨関節脱臼骨折、胸部・腰部・両大腿・下肢打撲傷および右眼打挫創(失明)等の、各傷害を負わせた。

2  責任原因

(一) 被告株式会社丸辰興業は、自家用小型乗用自動車登録審号三河五五に五八九七号(以下「本件事故車」という)を所有し、肩書本店所在地内資材倉庫に保管して、自己のために運行の用に供していたものである。

(二) 被告鳥居辰夫は、本件事故車を使用して、自己のために運行の用に供していたものである。

3  損害

(一) 原告大木半次郎

原告大木半次郎は、前記傷害のため、昭和五〇年一月七日から同年二月二七日まで五二日間南駿病院に入院して治療を受けたが、同年七月三一日、背部神経症状(後遺障害等級第一四級)を残存して症状固定した。

これにより損害は次のとおりである。

(1) 治療費 一〇一万九二〇〇円

治療費として、南駿病院に対し、一〇一万九二〇円を支払つた。

(2) 入院中付添費 一〇万四〇〇〇円

入院五二日間、医師の指示にしたがい、近親者が付添看護したが、その損害は一日二〇〇〇円、通算一〇万四〇〇〇円を下らない。

(3) 入院中諸雑費 二万六〇〇〇円

入院期間中、諸雑費として一日五〇〇円合計二万六〇〇〇円を下らない支出を要した。

(4) 休業損害 一四五万六七三〇円

原告大木半次郎は、昭和四年一月五日生れ、事故当時四六歳の健康な男子であり、古物商を経営して同年齢の男子労働者の平均賃金一日七一〇六円(賃金センサス昭和四九年第一巻第一表による)以上の収入を得ていたものであるが、右傷害のため、昭和五〇年一月八日から同年七月三一日(症状固定日)まで二〇五日間休業を余儀なくされ、その間の収入は全くなかつたから、合計一四五万六七三〇円を下らない損害をこうむつた。

(5) 後遺傷害による逸失利益 一八二万九〇四四円

原告大木半次郎は、事故当時四六歳、平均余命二八・六三年(昭和四九年簡易生命表による)、うち稼働可能年数二一年、前記後遺障害による労働能力喪失率は五%以上、したがつて、その逸失利益は、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した現価を算出すると、つぎのようになる。

7,106×0.05×365×14.1038=1,829,044(円未満切捨)

(6) 慰謝料 六五万円

原告大木半次郎の治療期間中慰謝料は三〇万円、後遺障害慰謝料は三五万円以上が各相当であり、合計六五万円を下ることはない。

(二) 原告大木ます子

原告大木ます子は、前記傷害のため、昭和五〇年一月七日から同年三月五日まで五八日間南駿病院に入院、退院後同年四月三〇日まで五四日間(うち実治療日数二〇日)同病院に通院し、また眼の治療のため同年一月二八日から同年九月三〇日まで二四六日間(うち実治療日数二三日)瀬尾眼科医院に通院して治療を受けたが、同年九月三〇日、外貌の著しい醜状および右眼失・障害(後遺障害等級第五級)を残存して症状固定した。

(1) 治療費 一六七万二一七〇円

治療費として、(イ)南駿病院に一六四万一七〇円、(ロ)瀬尾眼科医院に三万二〇〇〇円支払つた。

(2) 入院中付添費

入院五八日間中医師の指示にしたがい、近親者が付添看護したが、その損害は一日二〇〇〇円、合計一一万六〇〇〇円を下らない。

(3) 入院中諸雑費 二万九〇〇〇円

入院期間中、諸雑費として一日五〇〇円、合計二万九〇〇〇円を下らない支出を要した。

(4) 休業損害 三七万四五九五円

原告大木ます子は、昭和九年一一月一日生れ、事故当時四〇歳の健康な家庭の主婦で、家事はもちろん、家業(古物商)の手伝をしていたものであるが、右傷害のため、昭和五〇年一月八日から同年四月三〇日まで一一三日間休養を余儀なくされた。その損害は、一日三、三一五円(同年齢の女子労働者の平均賃金)合計三七万四五九五円を下まわることはない。

(5) 後遺傷害による逸失利益 一六四六万一三〇九円

原告大木ます子は、事故当時四〇歳、平均余命三八・三〇年、うち稼働可能年数二八年、後遺障害による労働能力喪失率は一〇〇分の七九以上、したがつてその逸失利益は、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した現価を算出すると、つぎのようになる。

3,315×0.79×365×17.2211=16,461,309(円未満切捨)

(6) 慰謝料 五七〇万円

原告大木ます子の治療期間中の慰謝料は七〇万円、後遺障害慰謝料は五〇〇万円以上が各相当であり、合計五七〇万円を下ることはない。

4  一部填補

(一) 原告大木半次郎分

原告大木半次郎は、前記損害につき、自賠責保険から、治療費内金として八〇万円および後遺障害(第一四級)補償費として三七万円の支払を受けた。

(二) 原告大木ます子分

原告大木ます子は、前記損害につき、自賠責保険から、治療費内金として八〇万円および後遺障害(第五級)補償費として五九〇万円の支払を受けた。

5  結論

以上により、原告らは、被告ら各自に対し、それぞれ、左記金額および不法行為後の日である昭和五一年六月一日以降各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一) 原告大木半次郎は、三(一)の損害額より四(一)の一部填補額を控除した金額の範囲内で、三〇〇万円

(二) 原告大木ます子は、三(二)の損害額より四(二)の一部填補額を控除した金額の範囲内で、一〇〇〇万円

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は不知

2  同2のうち、被告会社が原告主張の本件事故車を所有していたことは認める。その余は争う。

3  同3は争う。

4  同4の損害の一部填補の事実は認める。

5  同5は争う。

三  被告らの主張

1  本件事故車は被告会社が購入したものであるが、被告会社の従業員である訴外鳥居久枝(被告鳥居辰夫の妻)が被告会社の社用及び同人の私用のため、専属的に使用していたものであり、被告鳥居辰夫が本件事故車を使用していたものではない。

2  本件事故車は、昭和五〇年一月二日午後一〇時半頃、被告鳥居辰夫所有の倉庫兼車庫に保管中のところ、訴外後藤修一により窃取されたものである。後藤は被告らとの間には雇傭関係その他何らの人的関係もない無面識の第三者である。従つて仮に被告鳥居辰夫が本件事故車を使用していたとしても、被告らは後藤が本件事故車を窃取した後は、本件事故車の運行支配及び運行利益を失つたのであるから、本件事故につき損害賠償の責任はない。

四  被告らの主張に対する反論

本件はいわゆる泥棒運転の事案であるが、被告らは保有者として管理上手落ちがあり運行責任を免れるものではない。すなわち、走る兇器たる自動車を所有管理する者は、その保管を慎重厳重にして危険の発生を未然に防止すべき注意義務を負うべきであるのに、本件事故車にエンジンキーを差し込んだまま、しかも扉を閉鎖、施錠もせず、しかも人の監視の及ばない資材置場に放置した過失があつた。

第三証拠〔略〕

理由

一  成立につき争いがない甲第三号証、同第六号証、乙第一号証の二、同第二号証の一、原本の存在及び成立につき争いがない同第四号証及び原告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告ら主張の請求原因1(事故内容、以下「本件事故」という)の事実が認められる。

二  被告会社が本件事故車を所有していたことは、原告らと被告会社との間において争いがなく、被告会社が自己のため本件事故車を運行の用に供していたことは、被告会社において明らかに争わないので自白したものとみなされる。

そこで被告会社が前記認定の本件事故につき自賠法三条による責任を負うか否かを検討する。

前出乙第一号証の二、同第二号証の一、同第四号証、成立につき争いがない甲第一、第二号証、乙第一号証の一、同号証の三、証人鳥居久枝の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証、被告鳥居辰夫本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば被告会社は、肩書所在地において土木建築の資材の販売、その他宅地造成を業とする法人で、その事務所、倉庫、車庫、従業員寮並びに被告辰夫の家族の住宅(母屋及び離)等は、すべて被告辰夫所有の肩書住所と同一敷地内に在ること、本件事故車は、通常、被告辰夫の妻である久枝が使用し、夜間格納する場合は、母屋の東側で壁を距て隣接する被告会社の倉庫兼車庫(以下「本件車庫」という)に駐車していたこと、本件車庫は西側において母屋に直接通ずる出入口もあるが、本件車庫における車両の出入口は北側の巾員約三・五メートルの出入口のみであり、右出入口は公道より三メートル余距り、公道に直結したものではないこと、夜間本件車庫の扉は閉めて施錠することもあり、また開放したままに放置することもあつたが、昭和五〇年一月二日に久枝は本件事故車を使用後、本件車庫に駐車し、再び使用することもあるかと考え、エンジンにキーを差し込んだまゝ放置し、夜間になつても本件車庫の出入口を閉鎖することなく開放していたこと、訴外後藤修一は競輪、競艇に興じ、窃盗などして生活していたが、前同日、自動車窃盗の事実が発覚して該自動車を運転して逃走中、運転を誤つて側溝に落ち、更に逃走のため代替の自動車を盗むべく被告会社附近を徘徊していたところ、同日午後一〇時頃、本件車庫に侵入して前記状態で駐車していた本件事故車を発見して、これを窃取し、本件事故車を五・六メートル手押して市道上に運び出し、路上でエンジンを始動させてこれを運行して逃走したこと、右エンジンの始動音を聞いた母家の家人は始め被告会社の従業員が本件事故車を運転して出掛けたものと思つていたが、一、二時間経過後、窃取されたことを知り、被告辰夫及び久枝は直ちに警察署に盗難の事実を届出たことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定した事実及び前認定の本件事故の内容から判断すれば、本件事故を発生させた後藤修一と被告会社及び被告辰夫との間に雇傭関係その他なんらの人的関係もなく、また後藤は本件自動車を逃走の目的で窃取したものであり、窃取後四日経過し、かつ窃取した場所から二〇〇キロメートル以上距つた箇所で本件事故を惹起したものであるから、本件事故は、後藤のみが本件事故車の運行を支配し、運行利益も同人に帰属していた状態において惹起したものというべく、本件事故につき被告会社に運行供用者として責任があるとすることはできない。本件事故車の保管につき、被告らにおいて本件事故車のエンジンにキーを差し込んだ状態で、戸扉が開放されたままの本件車庫に駐車させていた事実は、本件事故の発生状況からして前記結論に影響を及ぼすものではない。

三  ところで被告辰夫は、本件事故車を使用したことはないと主張しているけれども、右判断はこれをおき、仮に同被告が本件事故車を自己のために運用に供していた事実があつたとしても、前同様の理由により、被告辰夫が本件事故につき運行供用者として責任を負うものではない。

四  よつて原告ら主張の爾余の点につき判断するまでもなく原告らの被告らに対する各請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村盛雄)

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